?> 最終更新日:2014年12月27日 作成日:2007年11月25日 | コメント(0)
観光:教育センター(兵庫県高砂市)
兵庫県高砂市にある教育センター
教育センター 施設情報
研修施設、体育施設、視聴覚ライブラリー、陶芸施設、歴史民俗資料室
考古資料室 青少年、婦人、成年、高齢者など、各種団体の相互学習の場として利用できます。
(079-448-4191) 〈歴史・民俗資料室〉
開館時間 9時~16時30分
休館日 土曜日(第2・第4を除く)、日曜日、祝日
教育センター 県指定文化財 家形石棺蓋石(天磐舟)(兵庫県指定文化財)
立札の文字抜粋
県指定文化財 家形石棺蓋石(天磐舟)
指定年月日 昭和47年3月24日
所有者・管理者 高砂市
生石神社の社記に「この山頂に石あり、土中に入る。その形舟の如し、故に磐舟と名づける。むかし大己貴神、少彦名神 乗り来たり給う」云々とあるのがこれであるという。
もとは、伊保山の南面に背部を下向けにし、半ば埋もれていたらしいが、環境が変わり、落下寸前の状態となったため、現在地に移設したもので、5世紀から6世紀初頭ごろの家型石棺の蓋石である。
播磨地方に多く遺存する石棺中でも、大きさにおいても形態においても屈指の遺品である。
平成4年11月
兵庫県教育委員会
教育センター 棺舟
教育センター 銀水の井戸
立札の文字抜粋
洗川が本流であった加古川の流れを変え、港湾を整備し、高砂城を築いた池田輝政の慶長年間に豪商で塩座役を務めた加茂氏(当主加茂祐造氏)が、北本町の敷地内に設けた井戸である。
竜山石を贅沢に使い、外側は野面の趣を残し、内側は面取り加工を施し、巧妙に組み合わせていて、まさに細工は隆隆工人の息づかいさえ感じられるほどである。冷たく美しい水が滾々と涌くので、先祖代々からこれを「銀水の井戸」と呼称している。昭和二十年八月、家屋疎開により、北本町通りが道路拡幅されるに当り、強制的に一部土地・家屋を提供することになったが、井戸もその間に在って、地下に埋没されることが惜しまれ、井筒のみ現在地に移築したものである。
教育センター 阿弥陀中所の道標、内務省標示石
立札の文字抜粋
阿弥陀中所の道標
元は西国街道沿い、阿弥陀町阿弥陀の地蔵院北辻にありました。
事故で破損が著しいため、平成19年11月に移設しました
内務省標示石
もとは、市営小松原住宅(荒井町小松原一丁目七四二-一・五 昭和二十九年建設)の敷地内にありましたが、解体工事のため、平成十八年七月十一日に移築しました。
内務省(一八七三~一九四七年)は、中央行政官庁で、警察・地方行政・土木などの内務行政を統轄していました。
この標石は、加古川西岸土堤近くにあり、公有地境界を示したものか、土地利用に関わるものか、河川と関係のあるものか、詳細はよくわかっていません。
教育センター 井筒
立札の文字抜粋
この井戸は、高砂町北本町にある加茂家の分家(南本町)の敷地にあったものを、加茂豊子氏により寄贈された、
竜山石を板状に加工し、組み合わせたもので、江戸時代のものと考えられる。
その精巧な加工から見ても、当時の商家の生活ぶりをうかがわせ、貴重なものである。
教育センター くり抜き式石棺身
立札の文字抜粋
竜山石製 出土地不明
古墳時代後期
荒井町 明覚寺 寄贈
教育センター 岸本家織部灯(高砂市指定文化財)
教育センター 流し台
立札の文字抜粋
流し台
竜山石製
中島 松本伊一氏 寄贈
教育センター 場所
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